5D's一挙放送、面白かった。
遅ればせながら初めて全編見たんだけど、僕が見てたのはWRGPの中盤ぐらいからだったのでそこまでの流れが本当に衝撃だった。
ミーム化してるセリフとかでなんとなくそんな流れなのかなーとか思ってたけど使用タイミングがめっちゃシリアスだったり、(ていうか基本シリアス続き)
序盤はそもそもシグナー設定あんまり関係なくて変な爺さんとおっさんが仲間枠だし、既知部分だけで熱血友情物だと思ってたからめちゃくちゃ暗い世界観に驚いた。
特にダグナー編までが暗すぎる。これでよく打ち切りにならんかったなってぐらいダーク。
ただあまりにも面白かったので、いつもの流れで野暮とは思いつつその理由を分析してみようと思う。
作品のテーマ「無駄なカードなんて一つもない」
初期から一貫して遊星が語る思想「全てのカードには使い道がある」。
これが決闘者の、もとい小学生やファンデッカーに刺さらないわけがない。
満足にカードを集められない者、弱いカードを活躍させることに意義を見出す者、どちらも「弱者」だったはずが、一躍「主人公」となったのだ。
作中には、このテーマに説得力を持たせるための要素がふんだんに詰め込まれていた。
まずは『サテライト』という舞台設定。被差別層の住まうスラム街であり、そもそもレアカードの入手が困難。「カードは拾った」が嘘や誇張ではないとは思わなんだ。
そこでは弱いカードを組み合わせて戦うのが当たり前なのだが、だからこそシンクロ召喚というシステムが輝く。
「弱小モンスターを特殊召喚する」「攻撃をいったん凌ぐ」「攻守を変動させる」などと言った単体では大して意味をなさないカードも、
モンスターが並ぶことに繋がれば逆転のシンクロ召喚が狙える。
このシンクロ召喚も作劇上およびデュエル構成上、非常に優秀だった。一見無駄な行動をとる→侮られる→「なにぃ?!」が自然な流れで行える。
当時のOCG化するカードが軒並み使いづらかったという点に目をつむれば*1、世界観とシステムが共に支えあう非常にいい構成だった。
これは収容所デュエル、龍亞のデッキ、チーム太陽と物語を通して語られ続け、そして対Z-ONE戦、《集いし願い》の下地になっていく。
神にも等しい力に、無力なシンクロ召喚で立ち向かい、敗れ去った願いの欠片を再び束ね打ち克つのだ。
勧善懲悪・・・じゃない!
元、ミームだけ知っている未視聴勢を代表して言わせてもらうと、きちんとストーリーを追わないとキャラクターの関係性がわかりにくいというのがある。
ジャックってライバルじゃないの?実は幼馴染?でもキングでその後元キングになって、チームメイトになって元ジャックになって・・・?
長官って敵じゃないの?味方なんだ。やっぱ敵なんかい!でもサテライトの英雄なんだ・・・
鬼柳は元チームメイトね。今はダグナーで、戦いの中で死んじゃったんだ。あ、生き返ってるのか。え?なんか謎の西部劇始まったんだが?
ルドガーって敵でしょ?は?長官の兄?でシグナー?でもダグナーだけど、根はいい人?踊らされてただけ?
イリアステル!こいつが諸悪の根源!え?滅亡の未来を救うのが目的?じゃあいい奴らか・・・めっちゃ寝返るやん君ら!
牛尾はゲストキャラだからサテライト編終わったらお役御免かな・・・。いやずーっといるっていうかラストの会話まで持ってくの!?
(・・・言いたいこと言ってるだけになってしまった。)
なぜこうなるのか。この作品では誰もが自分の理想のために生き、戦っているので完全な悪人というのは中々存在しない。
と同時に、長期放送で章ボスの概念があるにも関わらず、主要キャラがあまり脱落しないので役割や関係性がどんどん遷り変わっていくのだ。*2
過去ポケモン考察でも述べたが、尺が同じなら登場人物は多ければ多いほどキャラクターの魅力もストーリーの深みも減っていく。
それを知ってか知らずか、5D’sではキャラクターの再利用や有効活用の例が多い。それがキャラクターやストーリーに深みを与えているのだ。
それらにこれといった破綻がないことも全体の完成度を押し上げている。
章ボスの目的
遊星は勝敗の付いたデュエルでは無敗という驚異的な成績を誇っているが、であるにも関わらず、登場した章ボスたちは言う。
「お前の行いのおかげで私の計画は進展した」
キングになる、シグナーとして覚醒する、シンクロ召喚を行い人々の欲望を先導する。
遊星の勝利がイコールで正しい結末にはならない、というのがWRGP編のために引いてあったのかと思われるほど秀逸な複線になっており
前述の関係性の遷移と合わせて物語の重厚さ、納得感に寄与している。
各章できちんと結末を描きながら、なおかつ全体も繋がっているというのは長期放送としては理想の形式である。
反例をあげれば同シリーズのARC-Vは最終目的が判明してから中ボスを倒し続けて進む形式であり、区切りと呼べる区切りがない。*3
これは例えば同じ展開が発生した際に「前回の!」となるか「またそれ?」となるかの印象の違いを呼ぶなど2作の位置づけに影響を及ぼしている。
まとめ
作品に欠点がなかったかと言えばそうでもないのだが、
全体としての満足度がこれほど高いのは「一貫したテーマ」「しっかりとした章立て」「全体を見事にまとめる最終章」にある。
終わり良ければ全て良しとはよく言ったもので、精霊世界だの満足街だのが混ざりこんでいてもそれも味だったような気がしてくる。
シリーズ通しても最も優秀な主人公*4でありながら、きちんと葛藤や成長が描かれていたのも重要だっただろう。
当時の不満を言うならほとんどのアニメ産カードが産廃だったことぐらいか。
スピードスペルとご都合トラップのせいで期待できるのがモンスターのみ、看板モンスターすら使えないこともしばしばだから本当にOCGと連携していたのか疑問ですらある。
ここら辺はそれこそARC-Vで改善されてくるのだけどそれはまた別のお話ということで。